カフェープランタンは今日も人の出入りが忙しなく、数少ないまともな店員はほとんどが接客に追われまともに休憩をとることも出来ない有様だった。
 その玉石金剛が群れる客の中に一際目立つ人物が一人いる。少々体のサイズにあってないのではないかと思うようなぶかぶかのインバネスコートを着ていて、髪や目の色はハンチングと色眼鏡に隠されており見えない。ただ随分と小柄な人物であることは遠目から見ても一目瞭然だった。
 外つ国からの異文化流入が盛んになった昨今ではあのように小柄な体格の人間を見ることは稀である。一昔前ならばむしろ地味で目立たない平凡な格好として通っただろうにと思わせるような、いわゆる時代遅れのファッションだった。
「なんで! ちゃんと見てよこれっ!!」
 声は変声期前の少年のようだった。興奮して叫んでいるせいかやや裏返った声は女のようにも思える。なにやら古ぼけた懐中時計を差し出して、カウンターの向こうにいる若い店員と揉めている。客が興奮しているのに対してこの店員の男はやけに冷静で、やれやれと肩を竦めたあと何度めかわからない台詞を喋る為に口を開いた。
「ですからお客さま、そのようなものを出されましても」
「知り合いにちゃんと聞いたんだよ! これ見せればちゃんと――」
 興奮気味の少年に嫌気がさしたらしい店員がぎっと睨みつけ凄んで見せると、あっという間に声は凋んでいった。それでもまだ諦めがつかないのかごにょごにょとでも喋る少年はたいしたものだ。一見の客には当然わからないだろうが、彼はこのカフェーの常連には恐れられている店員である。
 玉石金剛、というよりも実際のところ気の荒い客が出入りすることの多いこの店では貴重な戦力でもあるらしく、彼はオーナーにも一目置かれていた。この店の持ち主であるオーナーの次ぐらいには権力もあるだろう。
「なんでだよ……」
 とうとう泣き出してしまったらしい少年に周囲からは冷やかしのような声まで上がった。ふるふると肩を震わせながらカウンターの席に腰を落ち着ける。それでもまだ諦めがつかないのかずいと懐中時計を差し出すものの、店員はそれを軽く一瞥しただけで少年のもとを離れてしまった。
「この忙しい時間帯にわざわざ相手してやっただけ有り難いと思いやがれっての」
 それまでは丁寧な言葉遣いだったのが一変して、店員はまるで吐き捨てるようにそう言ってから他の客の接客へと戻った。先程の乱暴な言葉が信じられないくらい穏やかな笑顔で店内を歩き回っている姿をしばらくは恨めしそうに眺めていた少年だったが、そのうち腹の虫が鳴き始めてどうしようもなくなった。あの店員だって普通の客に対してはちゃんと対応するのだろう。ただこの場合少年が普通でなかっただけで。
 少年はカウンターに置かれたメニューに並んだカフェープランタン名物ピラフの文字をちらと見てからごそごそと懐を漁り、今度は他の客と同じようにして店員を呼びつけた。もちろんピラフを注文する為に。
「……ピラフください」
「少々お待ちくださいませ」
 そこで初めて少年は店員の笑顔を真正面で受け止めた。

「オーナー、まだいますよあいつ」
 店員――カイ、という名前で呼ばれ親しまれている彼は、普段の言葉遣いはどちらかというと荒い。もとより気性が荒く、大人しい方ではないのだ。接客時の言葉遣いとて今では完璧のように見えるが、見習いの頃は全くさまにならなくてよくどやされたものだった。けれどそれは「お客さま」に対するものだけでカイの本質そのものは今でも全く変わっていない。それでも目上の人間であるオーナーには尊敬の念を抱いていることもあって彼の言葉遣いは若干丁寧さが残ったままだった。
 既に客もまばらになり閉店の時間も近い。残っている客は酔いつぶれて連れに置いていかれた者か、ぎりぎりまで飲み続けるつもりの者ばかりだ。メインシェフとしての仕事も併用しているオーナーはようやく一息つけるようになったところで、いまだにずるずるとカウンター席に居座ったままの少年の姿を初めて見た。
「なんだあいつは」
 精悍な顔つきに一文字の傷痕。見るものが見ればそれなりの経験を積んできたことが一目瞭然であろうオーナーは実際に数々の修羅場を潜ってきた男だった。この店もカフェーとしての姿は表向きのものだけで、裏では有償で取引や依頼を請け負う違法ギルドなるものが形成されているという、いわくつきの場所だ。それぐらいの男でなければオーナーなどとてもではないがつとまらない。
 違法とはいってもその存在は世間的に黙認されているだけで、大っぴらに依頼を請け負っていることもあり知名度はべらぼうに高かった。ただ関係者でなければ組織の施設がどこにあるのか全くわからないような形態をとっている為、国に取り締まれることは今まで一度たりともなかった。そのぶんだけ警戒は厳しい。仲間内だけの情報など、いつどこから洩れてもおかしくないのだ。
「なーんか変な懐中時計持ってる客で……なんでかギルドのこと知ってるんすよ」
 最後の方は語尾を窄めてオーナーだけにしか聞こえないような声でカイが言う。
「なんだって?」
 気に入りのグラスを磨いていたオーナーはぴくりと片眉をあげ、それから改めて少年のいる席をまじまじと眺めた。注文されたピラフはとうの昔に食べ終えた様子が見られるのに、皿は下げられていない。よほどカイに素気無くされたのがショックだったのか、体格のいいオーナーがこつこつと足音を立てて近付いても少年がそれに気付く気配はなかった。
「オーナー?」
 どうやら彼は少年に興味を持ったことらしい。それが不思議でたまらず、カイも食器を拭いていた手を止めた。
「リーザ!!」
 声に少年がぱっと顔をあげる。
「おじさま……!」
「お、おじ――!?」
 少年の口から、厳ついオーナーには正直な話似ても似つかない呼称が飛び出したのに驚き、危うくカイは食器を取り落としそうになった。慌てて手に持ったままだった食器をカウンター奥の棚に戻し、改めて視線をやると小柄な少年は大柄なオーナーに抱きしめられ姿形が見えなくなってしまっていた。すっぽりと腕の中に収まってしまい、見えるのは黒いハンチングコートの裾ぐらいしかない。
「おお、リーザ!!」
「お、おじさままああああぁぁあ」
 声だけを聞いていれば劇のワンシーンのようにも見えたかもしれない。だがしかし現実としてカイはこの二人の関係性を全くもって知らされておらず、唯一わかるのはこの少年がなんだかよくわからないけど怪しげな客である、ということだけだった。それがこの店のオーナーが感動で咽びかえるほど再会を喜ぶ相手であるというイメージは――想像としてはあまりにも難しい。
「お、おじさまぐるじいでず……」
 感動の再会というワンシーンはリーザと呼ばれた少年がオーナーの抱擁に耐え切れなくなったことで終了した。
「おお、すまないリーザ……一体何年ぶりだ!? 大きくなったものだな」
「もう十年近くは経つんじゃないんですか? おじさまはずっと帰ってきてくださらないし本当にお久しぶりです」
「うっ……それは仕事がだな」
「わかってます」
 会話を聞いていて薄々とだがカイにも二人の関係性が見えてきた。オーナーが既婚者であることは知っているが、子供の話は聞いたことがない。おじさまと呼んだのならば甥あたりだろうか。とりあえずなにかしら血縁関係がありそうに見えた。リーザとやらは多分、オーナーの妻が留守を預かっているという山奥から来たに違いない。だからあんなに格好も、もっさりとしているのだ。そう考えると全て合点がいく。
「そうだリーザ、俺に会いに来たのならなにもわざわざ店に来んでも」
「いえ違います。僕が用があるのはおじさまではなくこの店の方なのです」
 きっぱりと言い切ったリーザにオーナーがぴくりと肩を揺らした。
 二人の関係性だけでなく状況もなんとなく飲み込めそうになってきたカイはこめかみを軽く押さえた。これはなにやら一悶着起こりそうな予感がする。
「ならんぞリーザ!」
 オーナーの叫び声は今日一日の中で一番でかいものだった。いや、それどころかカイだってここ数ヶ月は聞いてないんじゃないかというような大迫力である。衝撃波のようなそれに酔っ払って寝こけていた客が憐れにも椅子から転がり落ち、床と接吻するはめになっていた。
 それを横目で眺めながらカイはどうしたものかと残りの客を見回した。椅子から転げ落ちたこの客は、まあ何度か見る顔だからとりあえず店の外に放り出しても自力で帰れるだろう。あとは三人、閉店まで飲み続けるつもりだったらしい常連の顔が見当たる。彼らはカイがなにも言わずとも望んだことがわかったようで、やれやれと首を振った後代金分の紙幣を机に置いて店を出て行った。空気の読める客は素晴らしい。次からは上客として顔を覚えていてやろう、などと考えながらカイは残りの客の体を担ぎ上げた。これが結構重いうえにに随分と酒くさい。
 こんな店で働いてるのだからもちろんカイも酒は好きな部類に入るほうだったが、この匂いは好みではない。一見すればなんの酒かわからないものも、毎日嗅いでいるうちになんの酒の匂いだかわかるという癖が自然と体に染み付いてしまっているのだった。
「はいはい、お客さま閉店時間ですよっと」
 聞こえていないのはわかっているものの、建前だけは接客モードのままカイは客を放り投げた。夜の空気は冷たく肌を刺すような寒さだったが、最近は治安も安定してきているしこのままで風邪をひくことはあっても身包み剥がされるような心配はないだろう。それでもせめてもの優しさとして放り投げたままだったコートをきちんと着せてやってからカイは店内に戻った。
 店の中ではリーザとオーナーの口論に火がついたのか、オーナーの怒号とも言える声に少年のハスキーボイスが時々裏返っては混じりを繰り返していた。もちろん止めにはいるなどという無謀なことはしない。リーザとやらは知らないがオーナーとの付き合いは長いので、止められるわけがないのは身をもって知り尽くしている。
 力勝負に訴えるとなればリーザの負けは確実だったろう。だがオーナーが力尽くの強硬手段に踏み切れないのもまた明らかに見て取れた。既に口での争いはリーザに勝利の女神が微笑みはじめている。
 賑やかな二人を無視して黙々と店内の片付けをしていたカイは、そろそろ決着がつきそうな頃合を見てぽんとオーナーの肩を叩いた。
「オーナー……とりあえず店閉めるんで中入りましょう」
「そうです。中に入りましょう」
 カイに一蹴され素気無くされた時とはまるで別人のようにはきはきとリーザが答える。オーナーはといえばこの中で一番立派な体躯を持っているというのに、肩をしょんぼりと落ち込ませていてなんだか小さく見えてしまう。
 思わず笑ってしまいそうになる自分を押さえながらカイはカウンターの向こう、別室へと続く扉を開けた。すたすたとその後ろにリーザもついてくるのを昼間ならば咎めただろうが、今ではそういうわけにもいかない。むしろこの二人の関係性が実際のところどんなものなのか興味ばかりが率先しつつある。
「それに俺まだそいつとオーナーがどういう関係なのかも知らないんすけど。とりあえず説明してくださいよ」
「そうです、そうです。まさかこの懐中時計を持っててこんな目に合うとは思ってませんでした。おじさまちゃんと説明してくださいね」
 カイに何度も差し出してはつき返されていた懐中時計を懐から取り出しながらリーザを「おじさま」とやらを責めるような口調で唇を尖らせた。おじさまであるオーナーはますます肩を小さくしてしまったものの、とぼとぼと扉を潜り抜けて愛用の揺り椅子に腰を降ろした。
「で、このガキ誰なんすか」
「ガキじゃないです」
「俺の家で預かっている子供だ。もっとも世話してやってくれているのはほとんど妻なんだが……」
 まあそりゃそうでしょうね、とカイは普段の彼の生活形態を思い出しながらこめかみに手を当てる。オーナーの生活ぶりは正直男のカイから見ても褒められたものではない。部屋は掃除しないわゴミは溜め込むわ放っておけば酒ばかりでまともな食事も取らないわで、よくシェフがつとまるものだと思う。
「そうです。この懐中時計はおばさまからの預かりものなんですよ」
 机の上に軽く鎖を揺らしながら置かれた懐中時計は、見れば見るほど古めかしく骨董品のような雰囲気を漂わせていた。持っていく場所に持っていけばそれなりの値だってつくかもしれない。
「しかしだな、リーザよ」
「これはおばさまの許しを頂いた証なのです!」
 また話がカイのわからない方向へと向き始めた。
「あー、俺にもわかるように説明してもらえるんですかね」
 カウンター向こうにあるこの部屋は従業員の私物も多く置かれており、中でもここで住み込んでいる状態に近いカイにとっては自室に近いような感覚さえもあった。慣れた手付きで立て付けの悪い棚の戸を引き酒を取り出す。きゅぽんと小気味良い音を立ててボトルのキャップを開け、一緒に取り出しておいたグラスに注ぐ。もちろん一人分しかない。これはお気に入りの酒で値段もそこそこするから、オーナーにだってタダで飲ませてやったことはないものだった。
 長めの黒髪を撫でつけるようにしていたオールバックを片手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜると、ばさりと髪が広がりそこかしこに跳ねた。もとより癖の強い髪は日々の寝癖で大変なことになっているのだが、仕事柄髪をはねさせっぱなしにするわけにもいかない。だがカイはあまり朝に強くなく準備に時間をかけたくがない為、無理矢理強力な整髪剤で髪を整えている。輸入物なのでお値段もそれなりだが朝はぴしっと固めて、仕事を上がる頃には手櫛で簡単に崩せるようにとちょうど具合も良く、カイのお気に入りだった。
 ついでにリボンタイも解いてシャツの襟元を緩めると視界の端にそれまでずっと被りっぱなしだったハンチングに手をかけるリーザの姿が入った。もっさりと、端的に言ってしまえば要はダサい格好のリーザだったがその容姿はハンチングと色眼鏡の存在で完全に覆い隠されていてカイはいまだにお目にかかっていない。十年ぶりとはいえもちろん育ての親であるオーナーはある程度予想がつくのか特にこれといって目立つ反応はなかった。普通に考えればこのオーナーと血縁関係にあって、且つ似ているのであればあまり容姿は褒められたものではないだろう。リーザがオーナーのように大柄であれば話は別だが、彼のようなタイプはこじんまりとした体格ではさまにならない。
「お……」
 リーザがハンチングを外した途端するりと音でもしそうな滑らかさで金色の髪がこぼれた。今までの人生で一度もお目にかかったことのない色だった。この国の人間は基本的に髪が黒い。もちろんカイもオーナーもその例外ではなく、真っ黒な髪の持ち主だった。
「第一僕がここに来るまでにどれだけ苦労したと……」
「うわあああああ!!!!」
 思わず叫び声をあげたカイに、リーザは何事かと振り向いた。驚愕に表情を固めたままカイはふるふると指先でリーザを示す。いや、リーザというよりも正確にはその背中に流れる豊かな金色の髪を指差した。
「お、お前……そんなもん隠し持って……!」
 カイのような反応にも慣れているのかリーザは軽く肩を竦めてから隠すように滑らかな髪に指を通した後またハンチングを被りなおした。
「あのですね」
「うわあああああ!!」
 またカイが叫ぶ。今度はリーザが色眼鏡を外したせいだった。ちんちくりんだと思っていた人間が素晴らしく珍しい金色の髪の持ち主だったうえに、眼鏡を外せばあら不思議。どこからどう見てもお綺麗な顔にしか見えない。金髪の人間といえば定番である碧眼はくりくりとしていて子供のような愛らしさを醸し出している。
「うっわ信じられねえ」
 ちんちくりんにしか見えなかったのに、という呟きは胸の中だけに秘めておくことにした。碧眼がじとっとした目付きでカイの方を睨みつけている。
「こういう反応をされるのを避けるのにどれだけ苦労したことか!!」
 空中に浮いたまま静止していたカイの指先を乱暴に振り払ってからリーザはおじさまの方をさらに剣呑な目付きで睨み上げた。
「おじさま……僕の夢はご存知なのでしょう? その上で僕はここまで苦労してやってきたのです。それでも追い返されるつもりですか? そのうえこの懐中時計もあるのに! おばさまの許しをおじさまは否定なさるのですか!?」
 一気に言葉を叩き付けられたオーナーは先程の言い合いで多少は耐性ができたのかそれほどへこみはしなかったものの、可愛がっているらしいリーザにこうも言われると弱るらしい。眉を顰めた後、考え込むように顎を軽く撫で唸り出してしまった。
「つーか、目的ってのはそもそもなんなんだ?」
 うんうん唸っているものの結論はすぐに出そうにないオーナーは放置することにして、とりあえずリーザに直接聞いた方がこの際色々と疑問は早く解けそうだ。
「それはですねえ」
「ならんぞお!!」
「こちらの勇者ギルドに加盟して勇者の称号を頂くことです!」
「ならん!!!」
 オーナーが泣きながら暴れ始めた。小柄なリーザならばともかく大の大人が暴れるには少々この部屋は手狭であったらしく、衝撃に備え付けの棚が大きく揺れた。この建物が出来た頃からある古いものなのだが、壁に繋いだ金具がぷちんと千切れる。
「お」
「あ」
「うおおおおお!!」
 音を立てて落ちたのはほとんどが食器の類だった。私生活品が多いとはいえやはりカフェーの一部であることには変わりないので、古くて店に出さなくなったような陶器の類がいくらか収められていたのだ。やれやれと片付けの為に体を屈めたカイはしかし次の瞬間声を上げることもなく体をびきりと硬直させた。
「どうしました?」
 まだなにやら喚いているオーナーの声を背景にリーザがカイの手元を覗き込む。彼の手元には割れた食器と、外つ国の文字がラベルに記された瓶が綺麗に真っ二つになったものがあった。
「オーナー……」
 不穏な空気を背後に揺らめかせながらカイが立ち上がる。リーザには外つ国の文字は読めなかったが、輸入品であるのならばそれなりのお値段がするものが世の中にはごろごろしている。これもそういったお高いものの一種であるのかもしれなかった。
「いい加減にしろやああああ!!!! これいくらしたと思うてんねん! おっさん弁償してくれんのか!?」
 どこの地方の言葉遣いだったかなあとぼんやり考え込んでいるリーザの目の前をカイがぶん投げたナイフ飛んでいった。さくりと小気味良く音を立ててそれがささったのは暴れる大人のすぐ脇。掠ったのか頬を一筋赤い血が流れている。
「わ、わかった! 弁償はするからとりあえずここは押さえて……!」
 身の危険を感じたのか青褪めた表情でぶんぶんと首を振る。
「僕の言葉にもそれぐらい誠意を示していただきたいのですが」
「ついでや。こいつの頼みも聞いてやり」
「よっ、喜んで!」
 喋り方がいきなり変わった影響もあるのかすっかり畏縮してしまった彼はなにを言っても頷いてしまいそうな勢いだ。
「じゃあついでに僕の住み込みも許可してください。住むとこまだ探してなくて」
「もうなんでも許す!」
「あっりがとーございまーす」
「おっさん新しいの明日までに買うてこいや。これ店の地図やし」
 ぺいと投げ寄越された紙を慌てて受け取り飛び出してく様はなんともいえず滑稽だった。ぶふふっと思わずリーザが吹き出すとカイが盛大に溜息をつく音が聞こえた。
「オーナー……あんたのことになると随分鬱陶しい性格になるな」
「あなたの変わり身にくらべたら可愛いものだと思いますけど」
 ハンチングと色眼鏡をとってにこりと笑ってみせるが、カイは表情を歪めて「誰のおかげだよ……」と呟いただけだった。